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あきあわは、樋口一葉を読んでみた [自由研究]

雁かりがね

樋口一葉



 朝月夜あさづくよのかげ空に残りて、

見し夢の余波なごりもまだ現うつつなきやうなるに、

雨戸あけさして打うちながむれば、さと吹く風竹たけの葉はの露を払ひて、

そゞろ寒けく身にしみ渡る折をりしも、落おちくるやうに雁がねの聞えたる、

孤ひとつなるは猶なほさら、連ねし姿もあはれなり。

思ふ人を遠き県あがたなどにやりて、

明あけくれ便りの待まちわたらるゝ頃、

これを聞ききたらばいかなる思ひやすらんと哀れなり。

朝霧ゆふ霧のまぎれに、声のみ洩もらして過ぎゆくもをかしく、

更けたる枕まくらに鐘の音ねきこえて、

月すむ田面たのもに落おつらんかげ思ひやるも哀れ深しや。

旅寐たびねの床とこ、侘人わびびとの住家すみか、

いづれに聞ききても物おもひ添ふる種たねなるべし。

 一ひととせ下谷したやのほとりに仮初かりそめの家居いへゐして、

商人あきびとといふ名も恥かしき、

唯ただいさゝかの物とり並ならべて朝夕あさゆふのたつきとせし頃、

軒端のきばの庇ひさしあれたれども、月さすたよりとなるにはあらで、

向ひの家の二階のはづれを僅わづかにもれ出いづる影したはしく、

大路に立たちて心ぼそく打うちあふぐに、

秋風たかく吹きて空にはいさゝかの雲もなし。

あはれかかる夜よよ、歌よむ友のたれかれ集つどひて、

静かに浮世うきよの外ほかの物がたりなど言ひ交はしつるはと、

俄にはかにそのわたり恋しう涙ぐまるゝに、

友に別れし雁唯一ただひとつ、空に声して何処いづこにかゆく。

さびしとは世のつね、命つれなくさへ思はれぬ。

擣衣きぬたの音おとに交まじりて聞えたるいかならん。

三みつ口くちなど囃はやして小さき子の大路を走れるは、

さも淋しき物のをかしう聞ゆるやと浦山うらやましくなん。


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